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2007年03月16日

[ⅳ 読書日記]

誰のために愛するか

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海幸丸は今朝5:00に入港、今回は時化の影響で思うような操業ができず、中一日で総数は500箱あまり。今ひとつの漁模様でした。荷揚げ後は10:00に出漁、次は中2日の操業で月曜の入港を予定しています。上は、出張中に呼んだエッセイ、「誰のために愛するか」(曽野綾子著)ですが、文庫本に記載された“定価220円”というのが時代を感じさせます。昭和45年3月の刊行で、当時のベストセラー!だそうです。ちなみに私はまだこの世に生を受けておりません。男女の関係、夫婦の関係、結婚などがテーマですが、内容は今でも新鮮で面白かったです。

以下はその中で印象に残った一節のメモです。

失恋は一人の人間についての評価を完結させる魔術である。ふつうの人間は生きている限り、その評価が刻々と変わっていくのをまぬがれ難い。しかし失恋は、相手の印象を石に刻みつける作業に似ている。もはやその価値、その横顔はほぼ永遠に変わらない。
何よりも大きな意味は、多くの場合、何人かの失恋の相手は、本当にその人がめぐり会って結婚すべきだった相手のところまで、彼または彼女を導いていくのに必要な道標だった、ということである。すべてのものに時期がある。旧約聖書の伝道の書の中には、すばらしい一節がある。

天の下のすべての事には季節があり すべてのわざには時がある
生まれるに時があり 死ぬに時があり
植えるに時があり 植えたものを抜くに時があり
殺すに時があり いやすに時があり
こわすに時があり 建てるに時があり
泣くに時があり 笑うに時があり
悲しむに時があり 踊るに時があり
石を投げるに時があり 石を集めるに時があり
抱くに時があり 抱くことをやめるに時があり
捜すに時があり 失うに時があり
保つに時があり 捨てるに時があり
裂くに時があり 縫うに時があり
黙るに時があり 語るに時があり
愛するに時があり 憎むに時があり
戦うに時があり 和らぐに時があり

もう三年遅くめぐり会っていれば、あるいは結婚したかもしれない相手と、少しばかり早く会いすぎることもある。しかし同じ梅の実でも未熟なものは、危険なのだ。同じ相手でも、時が来ぬ前の恋はうまくいかない。道標は暗い夜道を歩くものの心をとらえるが、そこへ向って突進したらやはり飛行機でも船でも航路を踏みはずす。道標は静かに見送って走らねばならないのである。それがいかに辛くとも。

「誰のために愛するか」-曽野綾子著(角川文庫)より

投稿者 E.miyamoto : 2007年03月16日 23:59

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