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2006年07月31日
[ⅰ 一語一会]愛児への便り

予想通り極度の“全身筋肉痛”でとてもつらい一日でした。先ほど“TVタックル”を見ていました。それにしても、先日発表された日経新聞の“昭和天皇のご発言”(富田メモ)は、タイミングからみても不可解な点が多すぎます。中国、韓国のご機嫌を伺う経済界や“A級戦犯?”分祀派の政治家、同調するマスコミ等の組織的な”何か”を感じてしまいます。今回のメモを“政治利用”することだけは避けてほしいと思いますし、公式発言でない”メモ”をあたかも“重大発言”のように騒ぎ立てるマスコミにも疑問を感じます。
「愛児への便り」(遺書)
海軍大尉 植村真久 命
神風特別攻撃隊大和隊
昭和19年10月26日
比島海域にて戦死
東京都出身 立教大学卒 25歳
素子、素子は私の顔をよく見て笑いましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。
私の写真帳もお前の為に家に残してあります。素子という名前は私がつけたのです。素直な、心の優しい、思いやりの深い人になるようにと思って、お父様が考えたのです。
私は、お前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになったのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまま死んでしまっても、決して悲しんではなりません。
お前が大きくなって、父に会いたい時は九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮びますよ。父はお前は幸福ものと思います。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんをみると真久さんに会っているような気がするとよく申されていた。またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がって下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只今素子の幸福のみを念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし子などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護って居ります。優しくて人に可愛がられる人になって下さい。
お前が大きくなって私の事を考え始めた時に、この便りを読んで貰いなさい。
昭和19年○月吉日
植村素子へ
追伸、素子が生まれたときおもちゃにしていた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。だから素子はお父さんと一緒にいたわけです。素子が知らずにいると困りますから教えてあげます。
現代仮名修正は筆者(宮本)
「英霊の言乃葉??社頭掲示集第一号」(靖国神社発行)より
投稿者 E.miyamoto : 2006年07月31日 23:08
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